濱口桂一郎「日本の雇用と労働法」を読んだ。読書メモ。
何の本か? 「現実の労働社会」と「労働法制」の2つを合わせて説明している本
本書がどういう本か、というのは、まえがきでしっかり説明してある。
本書はいささか欲張りな本です。「日本の労働システム」と「日本の労働法制」についての概略を、両者の密接な関係を領域ごとに一つ一つ確認しながら解説している本なのです。
実のところ、現状の「労働システム」と、「労働法」の各法律に書かれていることは、正反対である。
労働システムはメンバーシップ型だが、労働法はジョブ型で書かれている。
それを何とかむりやり継ぎ合わせているのが、判例法理である。(p. 41)
また、雇用契約がほぼ無内容である代わり、就業規則が強い権限を持っていることにも注意する必要がある。
「日本の労働法制の最大の特徴は、就業規則が雇用関係の根本的規範として位置づけられている点にあります。本来であれば雇用契約で定められるべき事項のほとんどが、就業規則に委ねられているのです。そして、雇用契約の締結は就業規則に書かれた事項を一括して合意したこととみなされ、これに基づいて労働条件や人事異動の弾力性や業務命令権の広範さが承認されるという仕組みです(p. 43)」
なにそれこわい。雇用契約を結んだら「就業規則の内容を全部合意した」とみなされるらしい。
以前に読んだ「若者と労働」との違いはというと、本書の方が
- 労働法制のほうもかなり細かく説明している
- 歴史的経緯が多い(ので、昔のことはどうでも良いわという人には不向き)
- 判例の文章からの抜粋が多く出てくる(ので難しい言葉が使われがち)
という特徴がある。
判例に限らず、全体的に文体も硬い。もしも先に「若者と労働」を読んでなかったら、挫折していただろう。日本の労働社会についての本を初めて読もうという人には、絶対に「若者と労働」の方を勧める。
何で読んだの
日本型の労働システムについてより深く理解しようと思ったため。 買ったのは確か、現職のオファー面談に行く前、新宿ブックファーストかな?
面白いところ
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「パートタイマーをしている主婦は、家庭にメンバーシップがあるから、企業に対するメンバーシップが要らない」
なるほどと目から鱗が落ちた。
pp. 84−89
社員の職務に限定が無いという話。会社側は基本的には好き勝手に社員の職務を変更できるし、その勤務地も変更できる(転勤させられる)。
たぶん外国のジョブ型の労働システムではまずありえないのだろう(文中に詳述無し)。
が、日本のメンバーシップ型の労働システムでは普通のことである。この違いの理由を、東亜ペイント事件・ケンウッド事件などの裁判を引きつつ、説明している。
また「『他の職種には一切就かせない』とまで合意していなければ、デフォルトルールは職種無限定ということ(p. 85)」とある通り、会社側の都合で職種も変更可能である。
事実、最近の富士通は「人事や総務をシステムエンジニアに配置転換するわ」と発表している
(富士通、配置転換5000人規模 ITサービス注力で :日本経済新聞)。
なお、育児や介護をしている人に対して配置転換を命じるときには「状況に配慮しなければならない」という規定ができたことが、232ページでは書かれている。育児介護休業法の2001年改正である。
「もっとも、配慮規定ですから直ちに法的拘束力があるわけではありません。(p. 233)」とあるので、法律で「命令してはならない」と決まっているわけではない。
2019年6月にはカネカが育休明けの社員に転勤を命じて炎上したが、あれも別に法律違反では無い。「配慮規定」に違反する可能性があるだけだ。
分からないところ
中途採用・転職活動に関しては、ガッチリ募集条件が書いてあって「ジョブ型」に近いと思うんだけど、その点はどう捉えれば良いのだろうか。 「日本の雇用と労働法」「若者と労働」のどちらにも、中途採用や転職の話はほとんど書いていないので、よく分からない。
おまけ
ちょうど良いタイミングで、中山ところてんさんが本書を読んで感想を書いていた。 以下から始まる連続ツイートを見ると面白いかもしれない。
日本の労働法の周りを読んでいて分かったんだけど、
— ところてん (@tokoroten) 2020年1月3日
日本企業は実務における不確実性を、個人の潜在能力(=職位)に押し付けている。
その結果として「潜在能力があるから異動しても最初はうまくいかないけど、そのうちうまくやれるはずだ」
という幻想が構築され、無能上司や勉強しない人が生まれる pic.twitter.com/eJYjtFNJ4w
それでは。