ヒキタクニオ「ヒキタさん! ご懐妊ですよ」読書メモ

ヒキタクニオ「ヒキタさん! ご懐妊ですよ」を読んだのでメモ。 何についての本かというと、不妊治療に奮闘した男性の目線から書かれたエッセイである。最初に治療を始めてから、最終的に子供が生まれるまでに、実に5年くらいかかっている。

何で読んだの

俺にしては珍しく、表紙買いである。
この本は2019年10月に映画化された。それに合わせた記念カバーがかかった状態で、本屋に並べて置いてあったのだ。きれいな満開の桜の下を男女が歩いている写真の表紙で、インパクトが強くて思わず「なんじゃこれ」と手に取った。
なお、映画化用の特別なカバーを外すと、通常のカバーが出てくる。この通常カバーは「人の顔のどアップ」であり(画像参照)、この表紙だったら買うことは無かっただろう。 本のキャンペーン中にスペシャルカバーをかけることはよくある。それを見るたびに「別にカバーを掛けかえたくらいで売上が変わらなくない?」と思っていたが……自分がスペシャルカバーにつられて買うとは思わなかった。

不妊治療ってこんなに金がかかるのか!

別に俺自身は不妊治療に関係しているわけではない。というか、子供もいなければ配偶者もいない。すなわち、独身である。
というわけで、不妊治療に関して特段の知識がない状態で読んだのだが、主な感想は「こんなに金がかかるんだな!」だ。
本書の巻末には、不妊治療にかかった金額の一覧が記載されている。しめて約217万円である。
この金額をどう考えるかは人それぞれだろうが、個人的には「こ、こんなにかかるのかー」と驚きであった。
筆者も文庫版あとがきで「不妊治療はメンタルなもの、その中でも高額な金銭面が最も大きな重圧になっている」と記している(p.280)。保険が適用されないというのが、費用が高額になる大きな原因である。筆者は健康保険適用になればいいのにと嘆いている。

雑談という訊き方

終盤で体外受精の末、とうとう妊娠して胎児が育っていく。 ところが、検診で調べたところ、胎児の頭に空洞がある、ということが分かった。 頭に空洞って、そんなことあるのかよ、という感じである。

羊水検査は体内の子供に染色体異常があるか無いか分かるが、母子への負担が大きい。それをやるべきか否か、医師に訊いても「患者さんの判断に任せる」という。

少し長くなるが、その後のやり取りの部分を引用する。

私は、ここだろうなと思った。少し考えて言った。ここから、B医師の真意をくみ取らなければならない。私は慎重に考えた。
「じゃあ、いまから雑談ですね。聞き流してもいいですから……」 と前置きした。B医師は何ごとか、という顔を私に向けてうなずいた。 「もしもですよ……、B先生の奥さんのお腹の子が、うちと同じ状態、脈絡叢嚢胞であったとして、染色体異常の可能性も同じほどであったとしたら、B先生は、羊水検査を奥さんに受けさせますか? まあ、雑談ですから、軽く感想程度に……」 私は妻の顔を見た。あくまでも雑談であるからだ。 「しませんね、羊水検査は……」 B医師が言った。 私は妻から視線をB医師に戻した。若くて優秀な医師、雇われているので、勝手なことは言えない、しかし、これが本当の意見ですよ、って感じなのか、ちょっと笑っているようにも見えた。
(pp.226-227)

ここを読んでいて思い出したのは、以下のnote記事だ。羽田空港と成田空港を間違えた人が空港の職員に訊くシーン。

「ど、どうすればいいですかね?お姉さんだったらどうしますか!?」
何か困ったことがあってお店の人とかに聞くときわたしはいつも「あなたならどうする」って聞く。「わたしはどうすればいいですか」っていうとその人はお客さんであるこちらの行動の責任を取らないといけなくなっちゃうので、答えにくいのだ。だから「ご自分だったらどうなさいますか」って聞き方が一番いいと思っている。家電で迷ったときも、病院で複数の治療法を提示されたときも、羽田と成田を間違えたときも。
https://note.com/yurikure/n/n5bd0499da700

2つのケースとも、判断に悩んだ人が「あなただったらどうしますか」と訊いている。状況はだいぶ違うけど。
一つのやり方として覚えておこうかな。

ただ、もとの本の話から「ものの訊き方のコツ」を導き出して、はいおしまい、とするのはあまりにも安直だろう。

ストレートに訊くわけにいかないので、医者の心情の機微というものをギリギリのところで探り出そうとしている。「雑談なので、あくまで軽く……」というていで、だ。
この微妙な状況での巧さというのは、何でだろうなーと考えた。それは、筆者が「小説家として、人間の心情を描いてきたこと」「会社勤めではない人間として、自分の身を自分で守るべく生き抜いてきたこと」あたりの背景があったからではないかと推察した。

精神的な負担とネットのキュレーションメディア問題

金銭面の話だけではなく、精神的な負担もかなり大きいことが詳しく書かれている。 不安と戦いながら治療を続ける中で、「ネットで調べてみると、不確かな意見が数多くあり、不安になってくる」というような記述が見られた(p.211, 217)。
これ、要するにキュレーションメディアがアクセス数欲しさに適当な記事を書いたんじゃないかなぁ……ネットに 健康や医療の記事で不安を煽るようなのを書くのはやめようぜ、と思う。