永江朗「私は本屋が好きでした」読書感想文

永江朗「私は本屋が好きでした──あふれるヘイト本、つくって売るまでの舞台裏」を読んだので、感想文を書く。

どういう本か?

何についての本かというと、「ヘイト本」──韓国や中国をけなす本について。そのような本が書店に並ぶまでのいきさつについて、色々な人にインタビュー取材し、考察した本である。冒頭では「この本のテーマは『本屋にとってヘイト本とはなにか』を考えることです」と書かれている通り、特に本屋からの視点が多く含まれている。

何で読んだの/買ったときのこと

少々長くなるが、買ったときの話を書く。

私がこの本を最初に知ったのは、おそらく新聞の書評記事だったと思う。
普段通っている大宮ジュンク堂書店で探してみたら、「マスコミ・ジャーナリスト」の棚の最下段に1冊だけ差してあった。 隣の棚は「日本人・日本人論」でケント・ギルバートの本がズラリと並び、「おいおい、よりによってその本の近くに置くなんて、(客に対して)喧嘩売ってるのか」と思った。 (中国韓国が主題の本は「海外時事」という別の並びに置かれている)

それからしばらくして、新宿の紀伊國屋書店に行ったときにふと思いついて「私は本屋が好きでした──あふれるヘイト本、つくって売るまでの舞台裏」をもう一度探してみた。1階の「新刊・話題の本」のコーナー、2階の「文芸評論・小説の書き方」のコーナー、3階の「メディア論」のコーナーに置いてあった。

(2階のコーナーの一角に「本についての本」つまり書評の本が並んでいるので、その繋がりで入っているものと思われる。 3階のメディア論の棚に差し込まれたジャンル表示板には「出版」「編集」「書店」などがあり、その繋がりで本書も並んでいると思われる。) しかも、全部平積みである。書店としてこの本を重要視していることが窺える。 (新宿紀伊國屋では、平積みにできる台が多く、棚の高さが低い(棚差しになる本が少ない)ので、平積みになるハードルは低い。また当然ながら、大宮のジュンク堂と新宿の紀伊國屋書店とでは規模も違う。しかしそれを差し引いても、扱いに違いがあることは見て取れた)

近くに並んでいた本をよくよく見てみると、考えて本棚を作ってるな、という印象を受けた。 別に買うつもりはなかったのが、「お、新宿紀伊國屋のその心意気、やるやんけ!応援したるわ!」と思って、思わず買ってしまった。

実は、そういう「本屋がテキトーな本棚づくり・選書をするか、しっかりと考えて本棚作り・選書をするかが大事」という話が、本書の中には繰り返し出てくる。

見計らい配本制

衝撃だったのは、書店の「配本制」のことだ。本屋がこのような制度になっているなんて初めて知った。

出版界には「仕入れて売る」という他の小売業ではあたりまえの概念が存在しません。多くの本屋、とりわけ小さな本屋の場合、店頭に並んでいるのは、自発的に仕入れたわけではない、取次から見計らいで配本される本です。発注しなくても商品が自動的に送られてくるのです。それが日本の出版業界の不思議な常識です。(pp.17-18)

これは「書店には“仕入れて売る”という概念が存在しない」という言い方にもつながる。極端な言い方をすると、書店は明日どんな本が入ってくるかもわからない商売である。本当はそんなことないのだが、まあ、どんな本が入ってくるのかわからなくてもやっていける商売ではある。なぜなら、取次が配本を決めているからだ。大きな書店にはいろんな本をたくさん、小さな書店には少しの種類の本を少しずつ。(p.92)

本屋の立場で見ると、注文したわけではないけど、本は届く。この時点で、金は払わなきゃいけない。勝手に本が来て、その分の金を払えと言われるなんて、ムチャクチャじゃないかと思うけど、本屋はそうなっているらしい。即時返品ということもできるが、その場合返品で返金されるのは時間が経ってからである。棚に並べて仮に売れれば、もちろん現金収入がある。じゃあ売るか、という話になってしまう。

見計らい配本についてはなぜ書店にヘイト本があふれるのか。理不尽な仕組みに声をあげた1人の書店主 | Business Insider Japan も参照。また、同じ書店の店主が本書について論じた
あふれるヘイト本、出版業界の「理不尽な仕組み」に声を上げた書店のその後 | Business Insider Japan も併せて読むと良い。

もっと抽象的に言うと

出版・本屋のシステムが、だんだん立ち行かなくなった中で、巧妙に工夫して利益を出した、と言える。 つまり、抽象化すると、システムが機能不全に陥ったときにそれをハックしたケース、と考えられる。(ハックという語に悪い意味はない。ハッキング(ハック)とは - IT用語辞典 e-Words

  • 現状、マスクやトイレットペーパーが高値で取引されている。このような売買を禁止する法律が成立したが、法律論を抜きにしても避難されている。
  • ナオミ・クライン「ドクトリン・ショック」の冒頭が確か「アメリカでハリケーンが置きた直後、被災して困った人たちに高値で生活必需品を売りつける」という話であった。(うろ覚え)

でもこれらは「普通の価格より著しく高い」というケースだ。

ヘイト本はその価格に問題があるわけではない。 「困ってるところに付け込んで、高値で売る」というものではない。

とすると、ヘイト本の構造と似てるのは何かなぁ。
マイケル・サンデルそれをお金で買いますか」かな。
色んなものに値段がついてしまったと。お金の取引が行われていると。 一晩あたり82ドルを払うと、刑務所の独房をもっといい部屋にできる。1時間あたり15〜20ドルを払うと、議会の公聴会に出席するために、代理の人(ホームレスなど)に列に並んでもらうことができる。(私が持っている、マイケル・サンデルこれからの『正義』の話をしよう」巻末には「それをお金で買いますか」の序章が収録されてあり、そこを参照しています。)

売る人がいて、買う人がいて、両者が合意してるなら、いいじゃん。そこに市場があるなら、いいじゃん。問題ないじゃん。と、一瞬思える。

しかし、全てが全て良いわけではない。大麻覚醒剤なんかは、「売買してはダメです」って法律がある。法律で「ダメです」って言われてなくても、道徳的・倫理的に「それはダメだろう」ってこともあり得るよね……って話を、サンデルの本が書いてるんでしょ。読んでないけど。 うーん。システムの立場から論じようとすると、サンデルの本をちゃんと読まないとダメな気がしてきた。

「出版・本屋のシステムが、だんだん立ち行かなくなった中で、巧妙に工夫して利益を出した」例を一つ思い出した。
本といいつつ、ハンドバッグやファッション雑貨などのグッズを付けて、それを本として売る手法がある。(宝島社がよくやるやつ)これだって「システムが機能不全に陥ったときにそれをハックしたケース」の一つと言えるだろう。「出版不況の中でアイディアによって売上を伸ばしたヒット商品!」みたいに、好意的にテレビで取り上げているのも何度か見かけた。 じゃあヘイト本だってテレビが取り上げたって良いんですよねぇ。「出版不況の中で伸びている!ヘイト本!本日の特集は『差別を助長し、少数者への攻撃を扇動する、憎悪に満ちた本(p.28)』です!」とかやれば少しは問題提起になるのかもしれんけど、寡聞にして聞いたことがない。何ででしょうねぇ。

返本率

返本率は4割程度。これは金額ベースの総額なので、もちろん人気のベストセラーの返本率は0に近い。マイナーな本だと返本率はもっと上がるだろう。(p.195)

販売部数は変わらないのに、新刊点数は40年間で3〜4倍に増え、返品率は4割で高止まりしているわけです。 (p.241) *1

その他書き留めておきたいこと

買うのは一体誰なのかと疑問だったけど、下記部分によれば「男性高齢者」らしい。
「客層としては、やっぱり60代・70代の男性が、新聞広告を持って「この本はあるか」と指名買いする(p.44)」
嫌韓反中本を買うのは圧倒的に高齢者が多いようですが。
古谷  そうです。70歳前後が中心ですから。ネット右翼はもう少し若くて40代。彼らは動画に依拠しています。(p.151)」

本書の話は取次の責任が重いように思うけどねぇ。何も考えずに右から左に本を流して、押し売りみたいにして金をもらおうってのは、酷いやり方だと思うし、そこで流れていく本の良し悪しは知りませんってのは、あまりに無責任でしょう。
見計らい配本制度、一度解体できないのかなぁ。

関連イベントページ(現在はイベント開催を中止している) http://www.tarojiro.co.jp/news/5964/

それでは。

*1:引用部分では漢数字を適宜算用数字に直している。以下同