For the sake of ... を「~のために」と訳さなかった話

pandasのSettingWithCopyWarningを理解する (1/3) - 子供の落書き帳 Renaissance
のおまけみたいな記事である。

この原文の英語を日本語に翻訳しているときに、「For the sake of ...」という熟語にぶち当たった。 英和辞典を引けば、普通は「~のために」という訳語が出てくる。

For the sake of this example, let's say that we have been told that the user 'parakeet2004'‘s bidder rating is incorrect and we must update it.
(原文)

特定のデータを例として使っているが、データに一部に誤りがあって修正する必要がある、という文だ。
「この例のために」だと、イマイチ意味が通らない。
うーんと思いながら、英英辞典を引いてみる。

https://www.macmillandictionary.com/dictionary/british/sake_1
for the benefit or good of someone or something

https://www.dictionary.com/browse/for-the-sake-of
Out of consideration or regard for a person or thing; for someone's or something's advantage or good.

https://dictionary.cambridge.org/ja/dictionary/english/sake
in order to help or bring advantage to someone:
Let's say, just for the sake of argument/for argument's sake (= for the purpose of this discussion), that prices rise by three percent this year.
You're only arguing for the sake of arguing (= because you like arguing).

英英辞典を何個かみてみると、benefitやadvantageという単語が出てくる。 ジーニアス英和大辞典でも「~の(利益の)ために」と、かっこの中ではあるが「利益」と書いてある。

「この例の利益のために」とはなんだろうか。これはつまり、「この例がうまく進むように」という意味である。

本当にデータが間違っていて、修正の必要があったら大変である。そんないい加減なデータを使ってはいけない。
実際にはデータは正しい。正しいのだが、この例を使ってうまく説明するために、例として使っているデータに誤りがあるとしよう。という意味である。
だからもとの英文は「let's say ... = ~と仮定しよう」と書いてあるのだ。

なお、for the sake of argumentでも同じような使われ方になる。(たぶんargumentを使うことのほうが多いようだ)

https://eowf.alc.co.jp/search?q=for+the+sake+of+argument英辞郎
for the sake of argument
〔暫定的な仮定などを表して〕議論の[話を進める]便宜上、仮定上の話として

なるほど、意味はわかった。では日本語にどう訳そうか、と思ったが、考えてみれば日本語でこのような表現をするときの決まり文句が存在した。それを使うのが一番良さそうだったので、結果として翻訳はこうした。

説明の都合上、ユーザー'parakeet2004'の入札者の評価が間違っていると言われたため、更新する必要がある、と仮定しよう。
拙訳:pandasのSettingWithCopyWarningを理解する (1/3) - 子供の落書き帳 Renaissanceより

「example = 例」という訳語は消えてしまったが、「例」という訳語を無理に入れるよりも意味が取りやすいように思う。「例の都合上」という言い方はあまりしない。


もう一つ、sakeを使った例を見かけた。Slackがサービスのロゴを変更したのだが、その時の説明記事でもfor the sake ofが特徴的な使われ方をしていた。

https://slackhq.com/say-hello-new-logo(英語版)
英語:Firstly, it’s not change for the sake of change.
https://slackhq.com/intl-ja-jp-slack-new-logo(日本語版)
日本語:まず、今回の変更は、なんとなく…といった軽い気持ちで行ったわけではありません!

この形の成句を載せているのは、英英辞書の中でも一部であった。

https://www.macmillandictionary.com/dictionary/british/sake_1
to do something because you enjoy it or think it is important, not because you want to achieve an aim

https://www.lexico.com/en/definition/sake
("for its own sake" or "something for something's sake" or "for the sake of it") Used to indicate something that is done as an end in itself rather than to achieve some other purpose.

https://dictionary.cambridge.org/ja/dictionary/english/sake
You're only arguing for the sake of arguing (= because you like arguing).

どうやら"for its own sake" , "something for something's sake" , "for the sake of it" の3つの書き方があるようだ。 「それ自身を目的として」つまり「他に取り立てて目的も無く」という意味である。

「これは変更のための変更ではありません」でも間違いではないが、ちょっと意味が取りづらい。
「変更してみたくなったので変更した、というわけではありません」 というくらいの意味である。 否定文で訳さなくてもいいならば、「この変更にはちゃんと目的があるんです」という翻訳もありえる。文中ではその後にロゴを変更する理由について書いてあるので、うまくつながる。

slack公式の訳には「~のための」という訳語が登場しないが、「なるほど上手い訳だな~」と思って読んでた。