「最後の英単語」リストを避けるべき理由:英単語の選定・日本語訳の問題点を徹底分析

「最後の英単語:約20000語の英単語リスト」というものがインターネット上にある。
https://l-formula.com/last-words
今回、このリストのうち1000語をAnkiを使って単語カードにして覚えた。その結論がこれだ。

結論: この単語集を使うのはやめとけ

これだけ覚えて帰ってくれれば問題ないです。
どこがどう良くないのかを詳しく知りたいという人向けに続きを書いていきます。

「最後の英単語」を使って単語を覚えた状況について

使い始めた動機について。 どこで初めて知ったのか今となっては思い出せない……
無料で入手できる大学レベルの英単語一覧とその語彙レベルあたりを見ていて、「10000語 英単語リスト」とかでいろいろ調べていて、偶然見つけたんだと思う。

使い方については、今年(2024年)の1月にAnkiに入れて、ひたすら英語→日本語を回した。
(Ankiでの学習方法については、この記事で紹介しないので、他の人の記事を見てください。)
以下の記事を書いたときに単語数を測定したときには9200程度だったので、9001〜10000が妥当かなと思い、この1000語を覚えた。
linus-mk.hatenablog.com

さてこのサイトの説明には、

総計19511単語の英単語について、英単語・意味・発音記号を重要度順に並べた英単語のリストです。

と書いてある。英単語が1つ、それについて和訳を表示、というシンプルな形式である。
したがって、(発音記号を無視した場合)この英単語リストが良くないと批判する理由は、英単語の選び方がおかしいか、和訳がおかしいか、その両方か、である。
そして実際、その両方なのだ。
というわけで、以下「英単語の選び方がおかしい」「英単語の和訳がおかしい」に分けて詳述する。 (以下の説明中で、9001〜10000はサイト上の単語に付記されている番号である)

英単語の選び方がおかしい

全体的なレベル感

フォローしておくと、9001〜10000のレベルは平均的には英検1級くらいの語彙が多いと思う。 例えば、以下は英検1級の単語帳(EX英単語帳)にも登場する単語である。

  • vigil(9002)
  • debris(9003)
  • dissuade(9020)

私が英字新聞を読んでいたりして一度調べた単語(exuberance, flimsyなど)もあり、 全部が全部ダメというわけではない。一部の単語がダメなのだが、その一部が決して少なくない割合なのである。

固有名詞が少なからずある

国名と地名が結構ある。あと神話の人物が結構ある。こんな感じだ。英単語の勉強ではなく地理か神学の勉強になってしまうから、サッサと学習対象から除外した。

異常に簡単な単語がある

この9001〜10000のセクションにあった中で最も簡単な単語は、おそらく、bus, menu あたりだろう。
普通に英単語を覚えていって、9000単語覚えるまでにbusとmenuを覚えてないってこと、あるか??

あとは派生形の単語を派生元の単語と1つにまとめなていないので、元の単語を知っていれば容易に推測できる単語がやたらとある。
winner(9059)、buyer(9112)、normally(9302)、undeveloped(9806)などなど。このへんはわざわざ覚えなくても良いでしょう。

異常に難しい単語がある

かと思うともう一方で、やたらと難しいというかマニアックな単語がある。

など。気合で覚えたけど、これが文章中で出てくることはあるんだろうか。古代ギリシャに関する文献を読まないとほぼ出てこないと思うが。 thrush(ツグミ)もあったが、別に俺は鳥類学者になりたいわけじゃないんだが……。

ちなみに何に基づいてこの単語が並んでいるかというと、以下のように説明されている。

単語選定の方法
Project Gutenbergを用いたRank決定
Project Gutenbergという、著作権の切れた文書をインターネット上に公開するプロジェクトがあります。
これを利用して、単語の出現数を調べ、頻出のものが重要になるようにしてあります。
https://l-formula.com/last-words

基本的には、文章がたくさんあり、その中での単語の頻度順に並んでいるということだろう。
busとmenuとphalanxとchancelが同程度の頻度で出現する文章、どういうものだろうか。

ここまで「英単語の選び方がおかしい」話であった。 しかしこれに関しては、「変な単語だな」と思ったら、Ankiを使っている場合は除外すれば問題が出なくなるからまだ良い。 ここからは英語に対応する日本語がおかしいという話なので、そうもいかない。

和訳がおかしい

和訳がおかしい話。 なお、この「最後の英単語」がどこから和訳を利用しているかという話については、最後のセクションで述べる。

誤字が非常に多い

中でも一番目立つのは誤字である。こんなに誤字脱字が多いことってある? と言いたくなるくらい多い。
1000単語の中で30個以上は見つけた。まだあるかもしれない。

番号 英単語 サイト上の和訳(一部抜粋の場合あり) 誤字訂正内容
9034 enjoyable 楽しろい,愉快な,楽しめる 楽しろい→楽しい
9072 lunar 年の,年に関連する 年→月
9096 bruise 打に傷(あざ)をつける;……(中略)打ち傷がつく 打に傷→打ち傷
9097 left-hand 《名詩の前にのみ用いて》 名詩→名詞
9129 spar (ボクシングの練習のために)ハパーリングをする ハパーリング→スパーリング
9217 ballast (気救の)砂袋 気救→気球
9311 confusing 乱混させる[ような],当惑させる 乱混→混乱
9341 saffron サフラン/サフラン自の 自→色
9347 homesick ホームショクの ョ→ッ
9365 artery (道路・水路・鉄道などの)勘線 勘線→幹線
9367 bribery 贈賄(ぞうわい);周賄 周賄→収賄
9370 terrify おびやすか おびやすか→おびやかす
9384 talker 話し手 / おじゃべりな人 おじゃべり→おしゃべり
9387 insertion 挿入物;(新物の)折り込み広告 新物→新聞
9404 debauchery 《通例複数形で》らんちぎ騒ぎ らんちぎ→らんちき(乱痴気)
9411 stuffing (枕なとの中に入れる)詰め物 と→ど
9440 enhance …‘の’程度(仮値など)を高める 仮値→価値
9473 masquerade 仮面舞踏班に出る 班→会?
9495 impiety 不信心,分敬,分孝 分→不
9643 mettle 気性,気質 / 件気,勇気 件気→血気
9681 collateral 担保,低当,見返り物資 低当→抵当
9714 scamp ならず者 / いたずら者,わんぱく小訴 小訴→小僧
9724 magnify 〈レンズなどが〉…‘を’『拡大うる』 う→す
9803 billiards 玉突き,撞救,ビリヤード 撞救→撞球
9825 baleful 有割な;悪意のある 有割→有害
9833 perversion 墜落,邪道,変熊 墜落→堕落、熊→態
9839 usury 高利貸し業 / (法外な・違な)高利 違→違法
9857 baffle 〈人〉’を’除方に暮れさせる 除方→途方
9884 cobbler 鞍直し職人 コブラー(フルーツパイの一種) 鞍→靴
9880 notch 〈競技の得殿など〉’を’記録する 得殿→得点
9892 insoluble 浴解しない 浴→溶
9906 shred (特に細長い)切れ端;断語 断語→断片?
9941 lurk 『潜む』,潜状する 潜状→潜伏
9955 gable 破風(はふ),切り妻(屋根の斜目を2辺とした三角形の外壁部) 斜目→斜面?
9994 unmindful (…を)気にかけない,(…に)むとなじゃくな むとなじゃく→むとんじゃく
10000 pewter 白目(しろめ)(すずめを主成分とした合金;昔,台所用品に用いた) すずめ→すず(錫)
9692 infusion 振り出し汁 ???

mettleの「件気」は「元気」の誤りに見えなくもないが、英辞郎を引いたら「血気」という訳語が出たのでこれの誤字と解釈した。

何でこんなに誤字脱字が多いのか気になりすぎたので、パターンを分類してみた。(ここの矢印は、上の表とは逆で正しい字→誤字 の順。)

  • 「字形が似た漢字(読みは異なる)」に化けた。精度の悪いOCRを適用した際の誤りだろうか。
    • 溶解→浴解、不孝→分孝
  • 「読みが同じ漢字(字形は異なる)」に化けた
    • 幹線→勘線
    • 断片→断語 も最初意味不明だったが、「かた」という読み仮名を持つので、読みが同じ漢字どうしと思われる。
  • 「読みが似た漢字」に化けた
    • 血気→件気、斜面→斜目
  • ひらがな関係
    • 楽しい→楽しろい、枕など→枕なと、すず→すずめ
  • その他、もう何が何だか分からない
    • 混乱→乱混、月の→年の、仮面舞踏会→仮面舞踏班

どういうプロセスでこの辞書は作られたんだろうか……??
ある辞書に対してOCRを適用したならば「読みが同じ漢字(字形は異なる)」に変化することはないだろう。逆にパソコンに手で打ち込んでいったならば、「字形が似た漢字(読みは異なる)」がありえないと思うのだが。全くもって謎である。

誤字脱字が大量にあるが、その中で一番ヤバいのは lunar 「年の」である。 俺はこの単語帳をやる前の時点で「lunar = 月の」だと知っていたので、間違いに気づいたが、何も知らない人がこの単語帳で勉強したら、「lunar = 年の」だと信じてそれで覚える可能性が高い。

2番目に同様にヤバいのは「cobbler」である。 lunarとは違って、俺はこっちの単語を知らなかった。ただ「鞍直し職人」という(実は間違っている)訳語を見た俺が、「いや鞍直し職人ってなんだよ。馬の鞍を直すの専門なのかよ」と思って各種辞書を調べたら、こう出てきた。

cobbler 【名】 靴屋、靴修理屋 英辞郎

A cobbler is a person whose job is to make or mend shoes. COBBLER definition and meaning | Collins English Dictionary

おい!鞍じゃなくて、靴じゃないか! 危うく「lunar」と同じように間違ったほうで覚えるところだった。

訳語が妙に多い

番号 英単語 サイト上の和訳全文
9264 tilt …‘を’傾ける / (馬上槍試合で)〈槍〉‘を’突き出す,〈相手〉‘を’槍で突く / 傾く / 馬上槍試合をする / (相手を)槍で突く《+at+名》 / (文章・言葉で)(…を)攻撃する《+at+名》 / 傾き,傾斜(slope) / (中世騎士の)馬上槍試合 / (一般に)対決,試合
9622 graze 〈家畜が〉『牧草を食う』,草を食う / 〈家畜が〉(草などを)食(は)む《+『on』+『名』》 / 〈家畜〉‘に’『牧草を食べさせる』;〈家畜〉‘を’放牧する / 〈草原〉‘を’牧場に使う / 〈家畜が〉〈生草〉‘を’食う …‘を’かする / …‘の’皮膚をすりむく / (…を)かすめて通る《+『along』『by』,『past』)+『名』》 / (…で)こすってすりむく《+『against』+『名』》 / 〈U〉〈C〉かすめて通ること / 〈C〉すりむいた傷

tiltは「英検1級 単熟語EX」にも載っているが、その訳語は「動 (人・ものが)傾く;(もの)を傾ける / 名 傾く[傾ける]こと」である。当然ながら馬上槍試合のことは書いていなかった。 grazeは大きく2つの意味があるから長くなりがちだが、それにしても同じような訳語が何度も書いてある。

訳語が妙にマニアック

番号 英単語 サイト上の和訳全文
9451 lettuce レタス,チシャ
9998 bale (輸送または貯蔵用に包装した))…の)大包み,こり,俵《+『of』+『名』》 / …’を’こりにする,俵に入れる =bail

チシャってなんだ!?と思ったらレタスの和名(萵苣)らしい。それは「レタス」だけ書いておけば良いんだよ。全員それでわかるから。
「こり」を知らなかったのでまた誤字かと思ったが、「梱」と書いて「こり」と読むらしい。英和辞典を引いてもだいたいこの訳語なので、これで合っているのだろうが……わかりにくいね。

訳語が妙に少ない

番号 英単語 サイト上の和訳全文
9795 exuberance 豊富,充満;繁茂
9828 glue 『にかわ』,にかわ剤;(一般に)接着剤 / …‘を’にかわで付ける / 《しばしば受動態で》(…に)…‘を’くっ付けて離さない(離れない),〈視線など〉‘を’くぎ付けにする《+『名』+『to』(『on』)+『名』》
9876 ingredient (混合物の)成分,原料 / 構成要素
  • exuberanceは英辞郎を引いたら「元気いっぱいなこと、活力にあふれていること」と出た。一番良く見かけるのはこれじゃないか?
  • glueの一番一般的な訳語は「のり」だと思う。
  • ingredientの一般的な訳語は「料理の材料」だと思う。

探せばもっとある気がするが、もう書ききれないのでこの辺で終わりにしよう。

発音が間違っている

「英単語の選び方がおかしい」「英単語の和訳がおかしい」の2つだけと言ったな、あれは嘘だ。発音の誤りも見つけてしまった。

番号 英単語 サイト上の発音記号
9881 ruse rú:sei

総評:ただより高いものはない。単語帳の本を買いましょう。

2024年の4月からは英検1級のEXをつかって単語を覚えているが、さすがに単語の選び方・訳語ともしっかりしていて、いちいち疑わずに安心して覚えられる。 タダにつられて適当な単語帳を使うと、いちいち調べ直して時間を無駄にしたり、「lunar = 年の」と間違って覚えることになったりするので、 ちゃんとお金を出して単語帳を買ったほうがよいということを身をもって思い知った。

この妙な誤字はどこから来たのか(どの辞書を使っているのか)

さて、一体この妙な和訳の元ネタは何なんだろうか?

この「最後の英単語」とは無関係に、Amazonで なりしか「極限の英単語」のレビューを見ていたら、驚くべき指摘を見つけた。

cobblerが「鞍直し職人」となっているが鞍じゃなく靴ではなかろうか
https://www.amazon.co.jp/gp/customer-reviews/R28DXE7VDZTVXF/ref=cm_cr_dp_d_rvw_ttl?ie=UTF8&ASIN=B074MD9QCB

なに〜〜〜!? cobblerを「鞍直し職人」と間違って書いてあるのは、この「最後の英単語」と なりしか「極限の英単語」で共通しているのか!? となると、両者に共通する元ネタとなる辞書があるはずだ。

「cobbler "鞍直し職人"」で検索すると、4件ヒットする。2件は「最後の英単語」と「Amazonのレビュー」だから、残りは2つだ。

http://eigoyasan.blog.fc2.com/blog-entry-2553.html からたどっていくと、

辞書データはネット上に公開されているejdicの修正版を使わせていただきました(出所:無料 英和辞書データ ダウンロード @WEB便利ツール by クジラ飛行机様)。

と書いてある。

いまはEnglish-Japanese Dictionary "ejdict-hand" というGitHubリポジトリになっている。
いままで述べてきた誤りを全部確認はしていないが、 * 単純な誤字については殆ど直っている。(昔に「最後の英単語」の方には反映されていないので、俺が作ったAnkiカードには大量の誤字が入っている) * ただし、訳語を見て誤字と分からないものは直っていない。 * lunarは「年の」だしlunar eclipseは「年食」だ。 * cobblerも間違った訳語「鞍直し職人」だ。

元となったデータは「ejdic」もしくは「ejdict」という名前らしい。
PrepTutorEJEICについて を見ると、古くからあり起源は不明らしい。
GitHubのデータは誤字が修正され、だいぶ良くなっているが、上記のような誤りが混入していることには注意した方が良い。

それでは。