金成隆一「ルポ トランプ王国」読書感想文 アメリカン・ドリームの終焉

金成隆一「ルポ トランプ王国」(岩波新書)を読んだので、感想文を書く。
何についての本かというと、2016年のアメリカ大統領選挙クリントンとトランプが戦ったときのルポルタージュだ。トランプを支持する市民に多く話を聞き、アメリカの現状を巧みに捉えている。

何で読んだの

トランプ大統領は、選挙戦の始めはただの目立たない候補だったのに、一体どうして大統領選挙に勝ったのかと不思議であった。
2016年にはトランプ大統領が当選し、イギリスのEU離脱投票があった。「まさか」の事態が起きることが続いた。

この本は、数年前に一度図書館で借りたが、途中まで読んだところで期限が来たので返してしまった。 *1ただ、興味深くて全部読みたかったので、改めて本屋で買って(内容を少し忘れていたので)最初から通読した。

筆者は朝日新聞の記者であり、ニューヨークに駐在している。アメリカの各地にでかけて、出会った人々に話しかけてインタビューし、トランプを支持する理由、現在の暮らし向きなどを尋ねた。取材で行った先々の経験が本書の核となっている。
したがって、基本的に「アメリカの国民の個人的な経験」の要素が強いが、要所要所で統計やグラフなどのデータを盛り込み、論拠を補強している。「それは個人の感想ですよね?」という批判にも堪えうる良い構成と言える。

アメリカン・ドリーム

筆者がトランプ支持者にインタビューすると、「現在の暮らしが良くならない」「昔はこんなではなかったのに」という話が多く出てくる。
そこで重要なのが「アメリカン・ドリーム」という概念だ。筆者はこう説明している。

私の理解では、出自がどうであれ、まじめに働いて、節約して暮らせば、親の世代より豊かな暮らしを手に入れられる、今日より明日の暮らしは良くなるという夢だ。(p.210)

また、辞書を引けば、もっと詳しい定義も出てくる。例えば以下の通りだ。

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

アメリカ人が建国以来信奉してきたアメリカ的成功の夢。より具体的には,機会の平等を通じての経済的成功や物質的繁栄の夢を指すが,その達成の過程にピューリタニズムの伝統に基づく勤勉,節約が存在していることが特徴的である。ベトナム戦争での挫折後,アメリカン・ドリームを過去のものとして語る傾向が強まったが,「強いアメリカ」を掲げたレーガン大統領の登場などは,アメリカン・ドリームに対するアメリカ人の捨て切れぬ思いを如実に物語るものであった。
https://kotobank.jp/word/%E3%82%A2%E3%83%A1%E3%83%AA%E3%82%AB%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%89%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%A0-158170

が、私自身はアメリカの地を踏んだことさえ無いので、アメリカの人々が「アメリカン・ドリーム」に抱いている思い、ニュアンスが理解できていない。
失われた20年だか30年だかに苦しんでいる日本から見れば、「アメリカ人って、その夢を無条件に信じていられたもんなの!?」と疑う気持ちも持ってしまう。
それはともかく、昔のアメリカ人が実現できていたアメリカン・ドリームは、今では崩壊しているらしい。

オハイオ州トランブル郡の共和党委員長は「この一体では、主要産業の衰退、廃業、海外移転、合併など何でも起きた。アメリカン・ドリームを実現する機会はもうない」と話した。
この思いは広く共有されていた。夢を失った地域は活力も失う。ラストベルトやアパラチアでは薬物中毒の死が増えている。(p.211)

平たくいえば、一生懸命真面目に働いても、解雇されたり会社が倒産したり、給料が減ったりして、暮らしは悪くなるばかり、ということだろう。
その中で、「今までの政治家に任せてもダメだ、型破りな新しいトランプに任せてみよう」と考える人もいる。あるいは「アメリカに仕事を取り戻す」というトランプの主張に共感して、トランプを支援する人もいる。

ロバート・パットナムの「われらの子ども」という本があり、これもアメリカの格差社会を鮮やかな筆致で描いた傑作である(まだちゃんと読んでない)。この本の原題は「Our kids: The American Dream in Crisis」であり、訳者は「危機にあるアメリカンドリーム(p.315)」と書いている。
アメリカン・ドリーム、どうやらいま大事な概念らしい。

地理的な分断なのか、社会階層的な二極化なのか

「ルポ トランプ王国」と「われらの子ども」とは、どちらもアメリカのミドルクラスの没落を扱っていて、題材がよく似ている。アメリカン・ドリームの話、薬物汚染の話など、共通点も多い。 ただ、相違点が1つあるようだ。

「ルポ トランプ王国」では、地理的な問題に注目している。「われらの子ども」では、米国の二極化は地域によるというよりも、むしろ収入(階級)によると述べている。

「ルポ トランプ王国」のキーワードは、「アパラチア山脈」「ラストベルト」である。ちょうど上の引用部分でも登場している。著者によれば、ニューヨークにいてもトランプの支持層が全く見つからなかった。それでトランプの支持層を求め、地方に行って探してみたら、トランプを支持する人ばかりであった。それは「普段の取材では見えない、見ていない、もう一つのアメリカ、『トランプ王国』(はじめに p.ii)」だと筆者は語る。

これに対して、「われらの子ども」のパットナムは、地域間の分断を全否定はしていない。しかし、「これはアメリカ全土に広がる問題ですよ」と主張している。訳者の解説がうまくまとめているので、引用する。

まず質的側面、インタビューのパートであるが、例えばこのような格差の問題を産業の衰退したいわゆるラストベルトのプアホワイト、あるいは人種やジェンダーに固有なそれぞれの問題として捉えることは可能であり、そのような議論も少なくないだろう。しかし前掲の表から明確に読み取れるように、この格差が子どもの成長過程をかけ離れたものにする様子は、アウトドアリゾート地や「セレブ」都市、あるいは伝統的な南部、東部の都市など全米のあらゆる地域に広がっていること、また白人だけでなくマイノリティ、さらにはシングルマザー家庭など、それぞれの内部においても同じように乖離が起こっているということが、インタビューの地点と対象を巧みに選定したことによって表現されている。
https://www.sogensha.co.jp/special/ourkids/index.html

この相違点は、どちらかが正しくてどちらかが間違っている、というものではないだろう。(「われらの子ども」では、収入の多い人と少ない人でこう違う、という図表が超大量に出てくる。だが、都市部か地方かは収入の交絡因子になるはずだ。)今後「われらの子ども」を読む際にはその点を注意して読んでいきたい。

象グラフ、アメリカの中間層、日本の中間層

最後の7章では、「アメリカのミドルクラスの悩みは、日本と同じものだ」という話が出てくる。
この中で興味を引いたのが「象グラフ」だ。
ブランコ・ミラノビッチ(Branko Milanovic)が作成したグラフで、世界の人々の所得の上昇率を図持した。

f:id:soratokimitonoaidani:20200429163824j:plain 図はグローバル化、反発する民意:朝日新聞GLOBE+より引用 *2
グラフの説明については米大統領選におけるトランプ氏勝利と「グローバル化の象」 - しいたげられたしいたけ も参照

先進国のミドルクラスはここ数十年、収入がほとんど上がっていないということになる。地球上の他の人に比べて割を食った格好だ。ここには日本人の多くも入るだろう。

アメリカではトランプが当選したし、イギリスではブレグジットが起きた。日本では何が起きるのだろうか?


ちなみに著者の金成隆一は、2019年9月に続編の「ルポ トランプ王国2: ラストベルト再訪 (岩波新書)」を書いている。
それでは。

おまけ:ページを折った箇所

*3

  • p.22 昔は何もなくても良い給料の仕事にありつけた
  • p.42 ブルー・ドッグ 保守的な民主党支持者
  • p.44 街の衰退、薬物汚染
  • p.75 論文 白人中年の死亡率が上昇
  • p.114 ミドルクラスは残っていない。ごく一部が上がり、残りは下層に落ちた
  • p.125 アメリカン・ドリームはもうない。必死に働いても中流の下だ
  • p.156 ブルー・チェック
  • p.164 ニューヨーク・タイムズの記者の英語がこんなに下手なわけ無いでしょ!
  • p.182 アパラチアは白人の街
  • p.198 アメリカン・ドリームの実現が本当に難しくなっている。もう無理よ
  • p.209 アメリカン・ドリームは死んでいた→「アメリカン・ドリーム」の定義など
  • p.231 トランプ発言をファクトチェックしても、メディアを有権者が信用していない
  • p.243 給料の良い仕事がなくなったと嘆く労働者、技能のある労働者が見つからないと嘆く経営者
  • p.246 象グラフ 先進国の中間層は収入が増えていない

*1:図書館のシステムで貸し出し履歴をみたら、2017年9月26日に借りていたと分かった。

*2:ちなみにこの記事は「ルポ トランプ王国」を書いた金成隆一も原稿を書いている。

*3:前回の読書メモではどこが印象に残ったか分からなくなったので、今回は気になるところでページを折ってみたが、目的の場所がすぐに探せたし、どこを重点的に書けばいいか分かったのでとても良かった。