「やったもん負けの」「出る杭は打たれる」組織内では役割外行動が抑圧される。

f:id:soratokimitonoaidani:20191013134516p:plain

前の会社を退職したときに、何度か送別会を開いてもらった。その中で、「あなたが書いた言葉は、会社に爪痕を残したのだ」と言われたことがある。 その俺の言葉とは、「やったもん負け」である。
俺が最初に言い出したように思われていたが、そうではない。 元々は、社内掲示板で直前に誰かが「この会社が、やったもん勝ちの文化になるように」していきたいと書いていた。 俺がそれを裏返して「現状そうなってないじゃん。今の社内はやったもん負けの空気になっちゃってるじゃん」と書いた。(細かい文面は忘れたが)別に俺が発明した語句ではない。俺はすぐ前に書いた人の逆を書き込んだだけだ。
ともあれ、俺が投稿した文章が偉い人の目に留まったようである。 『やったもん負け』というフレーズは少し形を変えて、社内のどこかの研修資料に残っているらしい。 そういう意味で、俺の書き連ねた言葉は会社に爪痕を残したんだ、という話であった。


それから日は流れて、前職での最終出社日がついにやってきた。 同期に退職の挨拶をして回る中で、同期の一人と会って少し話をした。 彼はよく喋り、声の大きい、外向的な性格で、俺とはまるで正反対だが、たまに声をかけられて話すこともあった。 技術がすごいというタイプではないが、なかなかの慧眼というか、本質を見抜くのが上手い人だ。
前後の脈絡はすっかり忘れてしまったが、その彼が 「だってさ、この会社で大事なのは、いかに波風立てずに大人しくやっていくかじゃん?」と唐突に言いだした。 俺は思わず天を仰いでしまった。 彼の目にはこの会社がそう映っているのか、と。


「やったもん負け」「波風立てずに」と、組織の文化について同じような言葉を続けざまに聞いた。 似たような表現で、出る杭は打たれる、という言葉もある。

会社組織というものはどうなっているのだろうか、 この組織はどうやって出来上がっているのだろうか、と考えて、 次第に人的資源管理や組織論の本を読むようになった。

組織行動 (鈴木竜太・服部泰弘 著、有斐閣ストゥディア)」を読んだ時に、 役割外行動の話を見つけた。 役割外行動というのは聞き慣れない言葉だが、「職務の範疇外の自発的・革新的な行動をすること」という意味である。 1つ前のエントリでまとめたので、参照されたい。

linus-mk.hatenablog.com

役割外行動の話を読んだ俺は、前職でどんな役割外行動をしただろうと考えてみた。
会社の業務以外に、俺がやっている技術関連の行動を思いつくままに挙げてみると、次のようになる。

  • 勉強会に行く
  • ごくまれに勉強会で発表をする
  • 競技プログラミングをする
  • このブログを書く
  • 技術書を読む
  • ごくまれに個人的にコードを書いてGitHubにアップする

では、これらは「組織の役割外の行動」なのだろうか。
いや、違う。これらの行動は、組織に関係ない話である。
勉強会で得た内容は、少なくとも前職の業務に役立ってはいないし、会社にその知見を共有したわけでもない。 競技プログラミングから得たアルゴリズムの能力は、業務を遂行する上で役立ったかもしれないが、組織への貢献を念頭において競技プログラミングに励んだわけではない。

俺はなぜ、これらの行動をしているのだろうか。
短期的な視点で言えば、技術を習得して(前職から)転職するため、というのが一つの目的だ。
だが、より長期的な視点で言えば、自分がエンジニアとして食いっぱぐれないようにするためだ*1。 エンジニアとしての能力を向上させて、もし会社が傾いたとしても他の会社で雇ってもらえるようにするためだ。 人事管理(人的資源管理)の用語で言うと、「エンプロイアビリティの向上」と呼ばれる。 エンプロイアビリティのとは、以下のような意味だ。

エンプロイアビリティとは、一つの組織内だけで通用する職業能力ではなく、企業の枠を超えて広く雇用市場で通用する個人の職業能力や専門能力のこと。
「エンプロイメンタビリティ」とは? - 『日本の人事部』

組織に対して愛着や貢献心が強いわけでもないので、自分が気分よく働ければそれで良し、という主義である。
エンジニアとして学習し能力を向上させることの重要性は、繰り返し語られている。 例えば、「SOFT SKILLS」にはこのように書いてある。

プロが高い基準を満たすために行っているのは、継続的な自己研鑽である。プロになりたければ、いつも全力を挙げて自分のスキルを向上させ、自分の技術についてより多くのことを学ばなければならない。スキルを広げるための自己訓練プランを立て、仕事の質を高めるために役立つ新しい情報を学ぶようにしよう。十分いいという線で満足してはならない。常にもっといい自分を求め続けよう。
SOFT SKILLS p.56

上記の行動は組織と無関係なので、組織の利益になる行動ではない。したがって、組織の中の役割外行動ではない。
では、もう一度考えてみよう。私が前職において実行した、役割外の行動は何だったのか?

  • チームに対してRedmineを導入する
  • フロアの冷蔵庫や棚の中の、賞味期限がとっくに切れた飲み物と食べ物を捨てる
  • 会議スペースのホワイトボード用マーカーが出なくなったまま放置されていたのを捨て、新しいものを持ってくる
  • フロアで壊れたまま放置されていた椅子の修理を依頼する

あれ、さっきと違う。技術的な話がどっかにいってしまった。(RedMineは技術だけど。)
色々と技術的な研鑽をしていた俺が、それを前職に持ち込まなかった理由は何なんだろうか?

思うに、技術領域の目的外行動を会社に対して起こさなかった理由の一つが「出る杭が打たれる」組織文化ではないか。

役割どおり、上司からの命令に従って作業をする、というのは役割外行動ではない。 上司から言われてもないのに自分から行動を起こすのが、出る杭であり、役割外行動である。 役割外行動をしたら許されないだろうな、あれこれ言われるだろうな、という雰囲気を感じ取ったせいで、 俺は役割外行動を思いとどまったわけだ。

俺らが何となく感じていた空気は、組織行動論で名前が付いてたんだな、と思う。 ぼんやりとした感覚に、理論という支柱を得た気分だ。

ソフトウェアエンジニアは上述のとおり、業務外での自己学習が多くなりがちである。 せっかく色々勉強する以上は、その勉強した成果が組織内での行動につながるほうが嬉しい。 そして、自己学習が組織内で活かせるような組織文化のほうがいいな、と思う。

*1:あとは、単純に楽しいから・面白いから、という理由もある。今回の本筋とは関係ないので割愛する。